赤松神社一の鳥居跡:旅人の心を癒やした祈りの面影
2026年9月3日
奥三河の澄んだ風がそよぐ寒狭川の左岸、宮の瀬(現在の八雲苑周辺)。この地に赤松神社が誕生したのは天文元年(1532年)、領主である菅沼定盛が鹿島神社の分霊を勧請したことに始まると伝えられています。
その後、宝永5年(1708年)に大代村(現在の新城市四谷大代)から赤松大明神を勧請して赤松神社と改称。(『愛知県神社名鑑』ではこの年を創建年としています。)そして嘉永2年(1849年)の大火を経て、安政6年(1859年)に「郷の下手に位置するのを恐れ」として、現在の清崎字橋ノ沢の地へ遷座されました。
山間をゆく旅人を包み込んだ「宮の瀬」の社頭
かつて宮の瀬に神社が鎮座していた頃、この場所には神域の入口を示す「一の鳥居」が立っていました。
伊那街道の賑わいから分かれ、鳥居から境内までは約300メートルもの参道が美しく続いていました。険しい山道を歩んできた旅人にとって、青々とした木々に映える鳥居と真っ直ぐに伸びる参道は、神聖な空気を漂わせる特別な風景だったのです。
峠越えの疲労を吹き消す清らかな情景
険しい与良木峠を越えてきた旅人や商人、そして馬方たちが丘の上から見下ろすと、眼下には「一の鳥居」と青青とした参道、そして川沿いに優しく佇む社殿が広がり、旅の緊張を和らげてくれました。
時代の移ろいとともに社殿は高台へ遷り、一の鳥居も姿を消しましたが、しかし寒狭川の清流と山々の緑は今も変わらぬ美しさを保っています。この赤松神社一の鳥居跡に立つと、かつてこの地で深く息を吐き、神々の加護に感謝した人々の温かな息遣いが胸に迫ってきます。
赤松神社一の鳥居跡の画像




参考文献
- 愛知県神社名鑑 – 国立国会図書館デジタルコレクション
- 清崎みて歩きガイド.令和8年6月発行.
