清崎の高札場:往来の賑わいを今に伝える歴史の目印
2026年9月2日
伊那街道は、かつて吉田(現在の豊橋市)から根羽へ、さらにその先で飯田街道へと繋がる重要な交通路でした。吉田から大海にかけては現在の国道151号線に沿い、そこから寒狭川の清流を望みながら長良や海老を経て与良木峠を越えていきます。
峠を越えた道は、東田内(現在の清崎・高札場前の通り)を通り、アンザの坂を過ぎて萩平や田口町へと続いていました。険しくも情緒豊かな山間の街道を行き交う旅人たちで、この地は活気にあふれていました。
江戸時代の公報処が物語る交通の要衝
高札場(こうさつば)とは、江戸時代に幕府や領主が民衆へ向けて法令や通達、心得(禁令など)を周知するために設置した掲示施設のことです。現代でいう公的な掲示板の役割を果たしており、人々が多く行き交う主要な場所に建てられました。
当時の東田内村(現在の清崎)において、高札場が設置されていたのはこの場所だけでした。村内に唯一設けられたこの看板の存在こそが、ここが当時の物流や人流が集中する地域の要衝であったことを静かに物語っています。
峠越えの旅人を迎えた宿場町の残り香
険しい与良木峠を無事に下りてきた旅人たちの目に、真っ先に飛び込んできたのがこの高札場でした。その先には香ばしい煙を立てる家々が立ち並び、長旅の疲れを癒やす旅籠(はたご)も軒を連ねていました。
往時の賑わいや旅人の足音が聞こえてきそうな清崎の街並み。静かに佇む高札場は、街道を行き交う人々の暮らしと歴史を、いま私たちに伝えてくれています。



参考文献
