田口鉄道の軌跡:国策と激動の昭和を駆け抜けた鉄路

昭和4年(1929年)の開業から昭和43年(1968年)の廃線に至る田口鉄道(のちの豊橋鉄道田口線)39年間の軌跡を、工事の苦闘、駆け抜けた車両、文学に刻まれた情景、現場を支えた労働者の生身の記録、そして激動の統合史とともに読み解いていきます。

難工事を越えて届いた鉄路

第1期・第2期工区の建設において、過酷な山岳掘削により膨大な隧道費の超過が発生。幾多の試練を乗り越えて開通した清崎駅と、開業初期に自社が所有していたわずか3両の車両の記録を辿ります。

ダムの底へ沈む終着駅。繰り返す水害と廃線への苦闘

昭和30年代のモータリゼーション、台風被害の連鎖、そして四者会議での苦闘。昭和43年、台風10号による被災で突然訪れた最期と、現在設楽ダムの底へと沈みゆく終着駅・三河田口駅の終焉を記録します。

三河3社をつないだ名機「デキ50形」100年の流転劇

豊川・鳳来寺・田口の三河3社が一括導入した国産40t機「デキ50形」。自社唯一の機関車「デキ53」の歩みから、戦時買収を経て全国の私鉄へ散っていった兄弟機たちの流転の足跡を追います。

新美南吉『山の中』と幻の「塩津迂回線」

新美南吉が昭和13年に訪れ、未完の遺作に描いた清崎の静けさ。地元住民が熱望しながらも叶わなかった「塩津迂回線」のIFストーリーと、田口線最長・第4寒狭川橋梁の絶景に迫ります。

全国ストライキと開業20周年の記憶、名鉄・豊鉄への統合

昭和18年の戦時買収(国鉄飯田線誕生)による田口鉄道の孤立、戦後の補助金廃止、宮内省解体、さらには独禁法による役員排除。三重苦を乗り越え、豊橋鉄道田口線へと再編されていった背景を紐解きます。また、戦後のハイパーインフレと激化する労働運動。昭和23年(1948年)の私鉄総連による全国24時間ストライキに突入した田口鉄道労働組合の歴史と、翌年の開業20周年表彰に見る労使の葛藤を描きます。

寒狭川の断崖を穿つ「飯場(はんば)制度」と『流旅の人々』

重機なき時代、過酷な隧道工事を支えた労務管理システム「飯場」。プロレタリア文学者・葉山嘉樹『流旅的人々』の視点を交え、国境を越えて工事現場を流れ歩き、命を削って鉄路を敷いた名もなき労働者たちの実像に迫ります。

田口鉄道 三河海老駅模型
三河海老駅ジオラマ

田口鉄道の軌跡 参考文献
鳳来町誌 田口鉄道史編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
鳳来町誌 歴史編 – 国立国会図書館デジタルコレクショ.
豊橋鉄道100年史 1924-2024.

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