清崎駅:奥三河から全国へ駆け抜けた名機「デキ50形」の流転劇
長原前駅を出発した田口鉄道(のちの豊橋鉄道田口線)の電車は、わずか1.1km先の「清崎駅(きよさきえき)」へと滑り込みました。
昭和4年(1929年)5月22日に第1期線(鳳来寺口〜三河海老間、11.57km)が開通、そうして翌昭和5年(1930年)12月10日には第2期線(三河海老〜清崎間、6.53km)が開通。全線でも有数の難所が集中した第2期線工区は、トンネル6箇所、そして橋梁7箇所を数える壮絶な工事の末に拓かれた区間でした。
膨れ上がった隧道費と、開業初期の「自社車両」
しかし、第3期工事に着手した直後の昭和6年(1931年)7月に提出された『田口鉄道建設工事及営業の概要』によると、この時点で当初の全体予算300万円に対し、すでに約60万円もの予算超過が発生していました。とりわけ「稲目トンネル」をはじめとする過酷な山岳掘削により、隧道(トンネル)費の超過額だけで32万5,625円という突出した数字を記録していたのです。
そうした幾多の試練を経て開業した田口鉄道ですが、『鳳来町誌 田口鉄道史編』によれば、開業当初に自社で所有していた車両はわずか3両でした。
「電気機関車は堂々たる大型1両(重量40トン)、客車は電動式の2両で、この乗車定員は各120人であった。以上の3両のみが自社のものであった」
この記念すべき自社唯一の電気機関車こそが、田口鉄道の開業に合わせて昭和4年(1929年)に日本車輌製造(名古屋・熱田工場)と東洋電機製造で新製された純国産機、デキ50形「デキ53」でした。
「電車・電気機関車の揃い踏み(三河海老駅)」鳳来町誌 田口鉄道史編
姉妹会社がつないだ連番「デキ50形」の秘密
形式名の「デキ」とは、当時の私鉄で標準的だった「デ=電気機関車」「キ=機関車」を意味する記号です。
当時、奥三河から豊橋を結んでいた姉妹会社(鳳来寺鉄道・豊川鉄道・田口鉄道)の3社は直通運転を行っており、共通の「デキ50形」として連番が振られました。ただし、すべての車両が同時に生まれたわけではありませんでした。
- デキ50(1925年製・英国機):鳳来寺鉄道(※旧デキ100。大正時代から走っていた先輩機)
- デキ51・デキ52(1929年製・日車機):豊川鉄道(田口鉄道開業期に新製)
- デキ53(1929年製・日車機):田口鉄道(自社発注で新製)
- デキ54(1931年製・日車機):豊川鉄道(のちの増備分)
1929年の段階で新製されたのは豊川の51・52と田口の53の3両であり、そしてそこへ英国生まれの鳳来寺デキ50や後発の54が組み合わさることで、三河を支える「デキ50形」のラインナップが完成したのです。
戦時買収、全国への拡散、そして渥美線での終焉
昭和18年(1943年)、太平洋戦争中の戦時買収によって豊川鉄道と鳳来寺鉄道が国営化(国鉄化)されると、デキ50形の運命は大きく分かれていきます。
国鉄に引き取られた4両は形式名を変え(のちのED28形・ED29形・ED25形など)、そして戦後それぞれの道を歩みました。英国機のデキ50(国鉄ED28 1)は近江鉄道を経て山形の山形交通へ、デキ52は静岡の岳南鉄道へ、デキ54は伊豆急行へ譲渡。また、デキ53の生き別れの兄弟機であるデキ51は遠州鉄道(ED28 2)に引き取られ、2026年1月に至るまで奇跡的な活躍を続けました。
田口鉄道「デキ53」の流転と終焉
一方、買収を免れて私鉄のまま残った田口鉄道の「デキ53」は、名鉄への運行委託を経て、昭和27年(1952年)5月からは田口線の社線内運用に限定。戦後の復興バブルを支える木材ピストン輸送で獅子奮迅の活躍を見せました。
しかし、トラック輸送の発達で貨物が激減した昭和40年(1965年)6月、デキ53は豊橋鉄道「渥美線」へ転属。そこで、600Vへの降圧改造を受けて「デキ450形(451)」と改名されました。そして、昭和43年の田口線全線廃止を見届けた後も渥美線で働き続け、昭和49年(1974年)に廃車となるまで、実に45年間にわたり三河の鉄路を支え抜きました。
清崎駅の開通という栄光の裏で膨らんだ建設費と、その線路上を駆け抜け、そして最後は全国や三河の地に散っていった名機デキ50形――。奥三河の鉄路には、今も技術者や鉄道マンたちの熱い情熱の記憶が刻まれています。




参考文献
鳳来町誌 田口鉄道史編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
鳳来町誌 歴史編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
清水 武.2021.『豊橋 鉄道田口線 ―田口鉄道の残影―』.カルチュア・エンタテインメント株式会社.
愛知県教育委員会.平成17年.『愛知県の近代化遺産』.
本長篠駅 → 内金トンネル → 大井川橋梁 → 三河大草駅 → 大草トンネル → 富保トンネル → 峰トンネル → 鳳来寺駅 → 玖老勢駅 → 三河大石駅 → 双瀬・宮裏トンネル → 三河海老駅 → 滝上駅 → 稲目トンネル → 田峰駅 → 長原前駅 → 清崎駅