皇室の森を動かした、田口鉄道「宮内省への請願書」を読み解く
大正13年(1924年)6月1日、北設楽郡田口町の関谷守男町長ら地元の有力者4名は、宮内省帝室林野管理局長へ宛てて1通の請願書を提出しました。地元の力だけでは実現不可能だった奥三河への鉄道敷設(長篠駅〜田口町)に向けて、皇室の援助を仰いだ緊迫の文面を、分かりやすく紐解きます。
【要点1】「赤字の懸念」で何度も挫折してきた鉄道計画
宮内省への請願書はまず、これまでの苦難の歴史から始まります。
「長篠から鳳来寺、海老を経て田口に達する鉄道計画は、これまでも有志の間で何度も立ち上がっては消えていきました。理由はただ一つ、山深い寒村ゆえに『営業収支が償わない(赤字になる)』という懸念があったためです。毎回、計画は中途半端に挫折する運命を繰り返してきました」
【要点2】眠れる20億円の森林資源と「間伐材」の価値
しかし、有志たちはここで「鉄道単体の赤字」に囚われるべきではないと訴えます。
「この地域が抱える林産物の価値は、実に20億円内外という巨額にのぼります。ひとたび鉄道が完成すれば、森林そのものの価値が高まるだけでなく、これまでは運び出す手段がなく、価値のなかった『間伐木(かんばつぼく)』が一瞬にして売り物(有価物)へと変わり、その額は驚くべき多額に達するはずです。収支だけにこだわってこの好機を逃すのは愚かであり、今すぐ断行すべきです」
【要点3】段戸御料林は「皇室の誇る壮観」である
そして、宮内省が管理する天皇家の財産「段戸世伝御料林(だんどせいでんごりょうりん)」の素晴らしさを称えます。
「特に宮内省が管轄する段戸の御料林は、広大なだけでなく地質も極めて良好で、民有林とは比べものにならないほど発育が旺盛です。かつて宮内省の長官が視察された際、随伴した県当局や地元の有志一同は、その素晴らしい植林の光景を目の当たりにし、思わず皇室のために祝福の声をあげたほどです」
「現在、この森にはすでに間伐期を迎えたエリアが広がっているだけでなく、今後30年間にわたって毎年12万〜13万石を伐り出せる極めて豊かな原生林(檜原、大野、知生、神田など)が存在しています。この鉄道が完成すれば、これら御料林の価値は一気に数億円も跳ね上がることは間違いありません」
【要点4】資金の半分は用意した、どうか残りの半分を
最後に、具体的なスペックと、一番の目的である「出資のお願い」へと繋がります。
「そこで私たち地方有志は、この鉄道の速成が緊急の課題であると奮起し、線路の規格(軌条50ポンド、軌間3フィート6インチ)を決めて計画を立ち上げました。すでに必要な建設費300万円(全長約15里)のうち、半額の資金はなんとか準備を整えました」
「しかし、人煙まれな寒村において、残る全額の資金調達は住民の負担に余るものがあります。どうか建設費の半分を帝室林野管理局に御援助いただき、この計画を現実のものにさせてください。これが採納されれば、庶民は皇室の厚い御仁徳に感涙し、地域の富源開発という目的を達成できるはずです。どうか政府の持株数を決定していただきたく、熱誠なる希望を込めて本書を奉呈いたします」
ルート決定を決定づけた「知恵と熱意」
この請願書からは、ただ「鉄道が欲しい」とねだるのではなく、「鉄道を敷けば、宮内省が持つ御料林の木材価値が何倍にもなり、お互いに大儲けできますよ」という、極めて合理的で巧みなプレゼンテーションが行われていたことが分かります。
この熱意が宮内省を動かし、のちに宮内省が4割以上の株を持つという、全国的にも極めて珍しい「皇室が筆頭株主のローカル線」が誕生することになるのです。

参考文献
鳳来町誌 田口鉄道史編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
鳳来町誌 歴史編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
本長篠駅 → 内金トンネル → 大井川橋梁 → 三河大草駅 → 大草トンネル → 富保トンネル → 峰トンネル → 鳳来寺駅 → 玖老勢駅 → 三河大石駅 → 双瀬・宮裏トンネル