三河海老駅直前に佇む「双瀬トンネル」と「宮裏トンネル」の変遷
三河大石駅を出発した田口鉄道の電車は、次なる主要駅「三河海老駅」を目指して2.5kmの線路をひたすら北上していきます。そしてその途中に待ち受けているのが、「双瀬(ならぜ)トンネル」と「宮裏(みやうら)トンネル」という、歴史と地域の息吹を今に伝える2つのトンネルです。
歴史ある村の名を残す「双瀬トンネル(西山1号)」
地元で「双瀬トンネル」と通称されるこのトンネルは、『鳳来町誌 田口鉄道史編』には「西山1号トンネル」という正式名称で記録されています。
「双瀬」の地名は歴史が古く、天文・弘治年間(1532〜1557年)に田峰城主・菅沼氏の家臣である林左京重信が双瀬城を築いた地と伝えられています。また、東側の海老川左岸には大双瀬・奥双瀬と呼ばれる地域が広がり、かつては海老菅沼氏が領有する双瀬村が存在していました(明治11年の町村合併により副川村へ統合)。トンネルが位置する場所の地名「西山」が正式名に採用されつつも、今なお古い村の名が通称として親しまれている場所にあります。
神社の裏手を潜り抜ける「宮裏トンネル(西山2号)」
双瀬トンネルに続いて現れる「宮裏トンネル」は、「新城市のトンネル点検・修繕計画」1において「西山2号トンネル」と記載されている遺構です。
このトンネルは、すぐ東側に鎮座する「諏訪神社」の西側の山肌を潜り抜けるように通されています。そのため“お宮の裏手”という意味で「宮裏」と名付けられたと推測されます。ちなみにこの諏訪神社は、アニメ『負けヒロインが多すぎる!』第7話の舞台としても登場し、新たな注目を集めているスポットでもあります。
難工事を乗り越え、第1期線の終着駅「三河海老」へ
そうして、この宮裏トンネルを抜けると、鉄路はすぐに三河海老駅へと到着します。
昭和3年(1928年)5月に着工された田口鉄道の第1期工事は、これら数々のトンネルや橋梁を築く難工事の連続でした。しかし、先人たちの執念によりわずか1年後となる昭和4年(1929年)5月22日、鳳来寺口駅(現・本長篠駅)〜三河海老駅間の11.6kmが無事に開通を迎えます。そして深い歴史を秘めた2つのトンネルは、奥三河の鉄路が第一歩を刻んだ輝かしい記憶を、今も静かに語り続けています。






参考文献
鳳来町誌 田口鉄道史編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
鳳来町誌 歴史編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
本長篠駅 → 内金トンネル → 大井川橋梁 → 三河大草駅 → 大草トンネル → 富保トンネル → 峰トンネル → 鳳来寺駅 → 玖老勢駅 → 三河大石駅 → 双瀬・宮裏トンネル