玖老勢駅:くろぜ石が旅立った伊那街道と鉄路の記憶

鳳来寺駅を出発した田口鉄道の電車は、2.7kmの道のりをおよそ6分で走り抜け、そして次の「玖老勢(くろぜ)駅」へと滑り込んでいました。

この地域は、かつて多くの人や物資が行き交った歴史ある交通の要衝でした。江戸時代、信州を南下する「中馬街道(ちゅうまかいどう)」は根羽(ねば)で二つに分岐していました。一方は稲武・足助を経て岡崎・名古屋方面へと向かう「飯田街道」。そしてもう一方が、津具・田口・海老・玖老勢を経て新城・吉田(現・豊橋)へと達する「伊那街道」です。

田口鉄道の各駅が並ぶこのルートこそが伊那街道そのものです。そして計画初期に幻となった「第1案(大海駅から寒狭川に沿って玖老勢へ向かうルート)」のベースとなる道でもありました。

銘石「くろぜ石」を全国へと運んだ貨物駅

かつての玖老勢村は、名石として知られる「くろぜ石」の産地でした。この石は軟質で細工がしやすい砂岩(さがん)の性質を持っています。そのため江戸時代から優れた石工用材として広く重宝されてきました。

田口鉄道が開通すると、切り出された石材や美しく加工された石製品は玖老勢駅から貨車へと積み込まれ、遠くは石川県、福井県、山梨県といった県外にまで広く搬出されていきました。玖老勢駅は、地域の産業を全国へ送り出す重要な物流拠点でもあったのです。

鳥のさえずりと、今も聞こえる鉄路の軋み

現在、玖老勢駅の駅舎跡や構内の遺構は残念ながら残されていません。しかし、駅舎跡から続く道路に目を向けると、山肌を削って線路を通した「切り通し」の跡が今もはっきりとその名残を留めています。

山際に沿ってゆるやかにカーブを描くかつての線路跡(廃線小道)を歩けば、周囲に響く鳥のさえずりの中に、遠いあの日、山を越えて走ってきた電車のガタゴトという揺れと、そして軋むレールの音がどこからか聞こえてくるような不思議な錯覚に包まれます。

参考文献
鳳来町誌 田口鉄道史編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
鳳来町誌 歴史編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
設楽町「伊那街道を探る(田口)」.

本長篠駅 → 内金トンネル → 大井川橋梁 → 三河大草駅 → 大草トンネル → 富保トンネル → 峰トンネル → 鳳来寺駅 → 玖老勢駅

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