伊良湖岬村移転碑と移転百周年記念碑:故郷を捧げた人々の記憶
愛知県田原市の美しい海岸線を望む伊良湖神社。その参道の傍らに、かつてこの地で起きた激動の歴史を静かに伝える2基の碑が佇んでいます。国の要請により、住み慣れた故郷の土地をあけ渡した伊良湖の人々。その苦難の歩みと、未来へと語り継がれる平和への願いを紐解きます。
軍の要衝となった景勝地:全村移転の苦難を伝える「伊良湖岬村移転碑」
渥美半島の南西端に位置する伊良湖は、伊良湖水道を挟んで神島と対峙し、伊勢湾や三河湾の入り口を押さえる重要な要衝でした。同時に、古くからその雄大な美しさで知られた名勝でもあります。
しかし、日露戦争末期の明治38年(1905年)、この地を陸軍の用地として収用する命令が下ります。住み慣れた故郷を離れざるを得なくなった住民たちは、一丸となって翌明治39年(1906年)3月に現在の場所へと移住を完了させました。その大いなる決断と経緯を後世に伝えるため、同年12月に「伊良湖岬村移転碑」が建立されました。
碑文には、当時の人々の苦渋の決断と、歴史の記録が以下のように克明に刻まれています。(現代語訳)
伊良湖岬村大字伊良湖は、渥美半島の南西の端に位置しています。伊良湖水道(渡合海峡)を挟んで神島と向かい合い、伊勢湾や三河湾(衣浦)の入り口をしっかりと押さえる要衝です。その景色は雄大で大変美しく、古くから名勝として広く知られていました。
明治38年(1905年)9月17日、この地が陸軍の用地として国に収用される命令が下りました。これを受けて、翌明治39年(1906年)3月15日、住民たちは一丸となって現在の場所への移住を完了したのです。
このとき国に収用された土地は「約210町歩(およそ210ヘクタール)」、その補償価格は「9万7,910円41銭」でした。また、移転を余儀なくされた規模は「112戸」、人口は「729人」にのぼります。
ここに住民たちが話し合い、記念碑を建立するにあたって、その大まかな経緯を記録し、後世の子孫たちへと伝えるものです。
明治39年(1906年)12月
愛知県渥美郡長(従六位勲六等) 市川信順 撰(文章)
愛知県属 大島徳太郎 書(文字)
愛知県知事(正四位勲三等) 深野一三 篆額(題字)
民俗学者・柳田國男の想いを刻む「伊良湖集落移転百周年記念碑」
移転から100年を迎えた平成17年(2005年)11月。最初の記念碑と並ぶようにして「伊良湖集落移転百周年記念碑」が除幕されました。
石碑の表に刻まれているのは、「願わしきものは平和なり」という力強い言葉です。これは、かつて明治31年(1898年)の夏に伊良湖に滞在した民俗学者・柳田國男が、その美しい情景と人々の暮らしを綴った紀行文『遊海島記』の結びの言葉から引用されました。
激動の時代を乗り越えてきた伊良湖自治会の人々の願いが、以下の碑文に込められています。
明治三十八年(1905年)陸軍伊良湖試験場の拡張により伊良湖の集落はこの地に移転しました。それ以後先人の叡智と努力により人々は大過なく幸せに暮らしてきました。
かつて伊良湖に滞在した柳田國男はその著作「遊海島記」のなかで「願はしきものは平和なり」と述べています。 これからも人々が平和を堅持し幸せに暮らせることを願い百周年を記念してここに碑を建立しました。
平成十七年十一月吉日 伊良湖自治会
小笠原辰一書
美しい銘石に宿る、力強くも繊細な「平和」への筆使い
この百周年記念碑には、地域の絆と文化を象徴する特別な石材が使われています。ベースとなっているのは、もともと渥美町文化会館の玄関に建てられていたフィンランド産の赤御影石「バルモラルレッド」の標柱です。その標柱の一部を削り、南アフリカ共和国産の黒御影石「ベルファースト」の石板を組み込んで、平和への祈りが刻まれました。
文字の揮毫を担当したのは、田原市江比間町の書家・小笠原辰一氏です。氏は伊良湖岬にある「西行法師足跡碑」や、100周年記念誌『伊良湖誌』の表題も手掛けています。また、実はもとの文化会館の標柱の文字を書いたのも氏本人でした。
たいへん力強く、かつ繊細な筆使いで表現された美しい文字は、全村移転という大きな犠牲を払った伊良湖の人々が抱く「平和」の重みを、現代を生きる私たちの心に静かに語りかけています。






伊良湖半島の戦争遺跡マップ
柳田國男逗留の地:感性が目覚めた伊良湖の夏と『遊海島記』
時代の昂揚と村の移転。渥美半島に刻まれた「伊良湖射場」の記憶
「伊良湖岬村移転碑」原文
伊良湖岬村大字伊良湖ハ渥美半島の西南端ニ在リ渡合海峡ヲ距テ、神島ニ対シ以テ伊勢海及ヒ衣浦ノ咽喉ヲ扼シ風景亦雄大絶佳古来著名ノ勝地タリ。明治三十八年九月十七日陸軍用地トシテ収用命令ヲ発セラレ翌三十九年三月十五日字民挙テ現地ニ移住ヲ終ワリ而シテ被収用土地貳百拾町七畝貳拾壹歩價格金九萬七千九百拾円四拾壹銭移転戸数壹百拾貳戸人口七百貳拾九人ナリキ爰ニ字民相謀リ記念碑ヲ建立スルニ際シ其梗概ヲ録シテ後昆ニ傳フ
明治三十九年十二月
愛知県渥美郡長従六位勲六等 市川信順撰
愛知県属 大島徳太郎書
愛知県知事正四位勲三等 深野一三篆額
参考文献
『伊良湖集落移転100周年記念誌 伊良湖誌』.2006年.伊良湖自治会.
『田原の文化財ガイドⅤ.渥美半島の戦争遺跡』.田原市教育委員会.