昭和の歓楽を静かに見守り続ける、蒲郡市・形原温泉の「女神像」

愛知県の温泉文化の先駆けであり、かつて一大観光躍進期の中心にいた蒲郡市形原温泉。時代の移り変わりとともにその姿を変えながらも、湯の町の入口で変わらぬ微笑みをたたえ、訪れる人々を優しく迎えてくれる象徴がいます。それが、ロータリーの中央に佇む「女神像」です。

夢告の奇跡と、温泉街の誕生

形原温泉の歴史は、昭和25年(1950年)に遡ります。それは「愛知県下で初めて湧出した温泉」といわれています。そして、その発祥には不思議な伝承が残されています。名刹・補陀寺の境内に立つ「温泉湧出の碑」によると、当時の住職の夢枕に神仏が現れました。そして「灌漑用の溜池の築造を急ぐべし」との告げ(夢告)を受けました。これに従って補陀ヶ池の工事を進めていたところ、瑞々しい湧水を発見。鑑定の結果、見事に温泉と認定され、この湯の町が誕生したのです。

(形原温泉の起源はさらに古く、15世紀から16世紀頃に補陀寺(ほだじ)の祖丘禅師が夢告によって発見したと伝えられています。)

黄金期を華やかに彩った「温泉の女神」

翌昭和26年、待望の温泉営業が開始されます。その2年後の昭和28年、温泉街の玄関口である交差点ロータリーの中央に建立されたのが、あの「女神像」でした。彼女は誕生の瞬間から、この街の「温泉の守り神」として、湧き出る湯の恵みと人々の繁栄を一身に祈る存在となったのです。

その後、昭和30年代にかけて蒲郡は空前の観光黄金期を迎えます。西浦温泉三谷温泉の開発、竹島水族館の開館、そして三河湾国定公園への指定など、街が歓楽の熱気に包まれるなか、形原温泉も旅館数が20軒にのぼり、年間70万人以上の観光客が押し寄せました。夜ごと響く賑やかな足音と、行き交う人々の笑顔を、ロータリーの女神はいつも華やかな灯りの中で見つめていました。

歳月を重ねた横顔と、今も咲き誇るあじさいの光

時代の波とともに、かつてのきらびやかな旅館街は静かな佇まいへと移り変わりました。少し前までは鈴岡屋や山田館という旅館も営業していましたが、今はありません。通りの飲食店も減り、人通りの落ち着いたロータリーで佇む女神像は、どこか静かに歳月を重ね、哀愁を帯びた横顔を見せています。

しかし、彼女の足元が寂しさに包まれることはありません。街が輝いていた頃に始まった「あじさい祭り」は、いまや形原温泉を代表する風物詩となりました。そして、開花の季節を迎えると、色鮮やかな紫陽花が街を埋め尽くして再び眩い賑わいを取り戻します。

賑やかだった昭和の夢を胸に秘め、移ろう時代を静かに見守り続ける女神像。その佇まいに触れながら、どこか懐かしい温泉街の路地を散策する時間は、訪れる人の心を優しく癒やしてくれます。

形原温泉の女神像ギャラリー

台座には、当時の愛知県知事・桑原幹根氏の揮毫(きごう)による「新生」の文字プレートが嵌め込まれています。

形原温泉の女神像の地図

「蒲郡歴史マップ100」掲載地一覧|見どころを詳しく徹底ガイド

参考文献
観光開発の諸問題 : 蒲郡地域を中心として – 国立国会図書館デジタルコレクション.
三遠信の情報地図 東三河編 (三遠信 ; 第4巻) – 国立国会図書館デジタルコレクション.
蒲郡市三十年史 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
25年のあゆみ : 蒲郡商工名鑑 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
蒲郡市博物館編.令和2年.『蒲郡歴史マップ100』.

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