子渡井の枡井戸:聖徳太子の喉を潤した清冽な泉
豊川市長沢町小土井の静かな山間に、古くから語り継がれる聖徳太子ゆかりの湧き水があります。かつての街道沿いに位置する「子渡井(こどい)の枡井戸」は、今も変わらぬ清らかな水を湛え、往時の情景を現代に伝えています。
聖徳太子と「枡井戸」の伝承
現地の伝承によれば、その昔、聖徳太子が馬に揺られてこの街道を通りかかった際、喉の渇きを覚え、家来に水を所望されました。家来が辺りを探し求めると、岩の間にまるで「枡」のような形をした井戸を発見します。そこから湧き出る水は驚くほど清く冷ややかで、太子は大変喜んで喉を潤したといいます。この出来事以来、この湧水は「子渡井の枡井戸」と呼ばれるようになり、大切に守られてきました。
往古の東海道と、移ろいゆく道の歴史
この井戸の傍らを通る道は、現在は林道西切山線(旧県道73号線)と呼ばれていますが、古くは宮路山を越えて長沢関屋と赤坂関川を繋ぐ、往古の東海道の要所であったと伝えられます。
昭和の時代、三河湾オレンジロードが開通したことで道を利用する人は少なくなりましたが、それ以前は東西を行き交う旅人たちにとって、この井戸は欠かせない休息の場でした。道は途中で宮地山山頂へと続く林道へと分岐しています。今もハイカーたちが時折その歴史に触れています。
静寂のなかに響く、時代を超えた水の音
かつての賑わいが嘘のように、現在の子渡井の枡井戸周辺は深い静寂に包まれています。しかし、耳を澄ませば聞こえてくる水の音は、聖徳太子をはじめとする数多の旅人たちの喉を潤してきた当時と変わりありません。街道の変遷とともに役割を変えながらも、こんこんと湧き続けるその清流は、この地が歩んできた長い歴史の証人として、今も静かに佇んでいます。




豊川市長沢町:子渡井の枡井戸の地図
道路を挟んで東側には、浄瑠璃姫の腰かけ岩があります。また、宮路山方向に1キロメートルで猿岩になります。浄瑠璃姫の腰かけ岩と猿岩:悲恋の影を宿す豊川市長沢町の古道
参考文献
豊川市教育委員会編.令和2年.『新版 豊川市の歴史散歩』.豊川市.
音羽町誌 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
参河国名所図絵 上 (愛知郷土資料叢書 ; 第12集) – 国立国会図書館デジタルコレクション.