時代の荒波を越え、輝きを増す「天下の竹島水族館」

三河湾の潮風に抱かれた竹島水族館。その歩みは昭和31年7月に始まりました。昭和37年には現在地へ移転し、鉄筋コンクリート造のモダンな姿へと進化。翌年には演芸場や飲食店を備えた竹島ヘルスセンターとして、遊園地型観光地の名所となりました。また、かつては屋外プールで大きなゴンドウクジラが悠々と泳いでいたという、驚きの歴史も残されています。

「不健全地帯」からの脱却と文化的夜明け

蒲郡風土記』の中で、伊藤天章師はこの水族館を「蒲郡最初の文化的な施設」と高く評価しています。当時の蒲郡は、鉄道唱歌で「海の眺めは蒲郡」と称えられ、西条八十作詞の「蒲郡音頭」でも「天下の蒲郡」と謳われていました。しかし、師の目には「松風と白帆の眺めがあるだけで、あとは酒と女でごまかしていた不健全地帯」と映っていたようです。

水族館の誕生は、そうした旧態依然とした観光地からの脱却を象徴する、まさに「文化の光」でした。当初の規模こそ決して大きくはなかったものの、地域に知的な潤いをもたらしたその存在を、師は深い喜びをもって綴っています。

「天下の蒲郡水族館」が繋ぐ研究と情熱

驚くべきは、当時からこの水族館が全国的に注目される存在であったことです。風土記には、水槽内での産卵や孵化、さらには餌の工夫によって魚の病気を癒やすなど、数々の画期的な試みが記されています。そして、「全国水族館経営研究会」からも注目される存在になっていました。その姿を、師は「天下の蒲郡水族館」と誇らしげに呼んでいます。

2024年10月のリニューアルを経て面積は2倍に拡大しました。近年は手書きの解説板など、独特の温かみのある展示手法でも注目されています。また、蒲郡市民には年間パスポートが用意されています。市民からも日常の一部としてこの「天下の水族館」が愛され続けています。

竹島水族館の動画

竹島水族館の地図・行き方

俊成苑(竹島園地)
八百富神社 – 竹島弁財天の由来 – 蒲郡の旅
菊池寛『火華』と常磐館 – 蒲郡の旅

参考文献
伊藤天章.『蒲郡風土記』.蒲郡新聞社.昭和51年.
郷土資料事典・観光と旅 : 県別シリーズ 23 改訂新版 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
蒲郡市三十年史 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
蒲郡市誌 本編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.

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