杜氏の碑:酒神の技を継承した名杜氏・鈴木種蔵翁
三谷町二舗、松葉区の住宅街に佇む誓祐寺。その境内に、かつて日本の酒造り文化の一翼を担い、遠く遠州の地でその名を馳せた名職人を顕彰する「杜氏の碑(鈴木種蔵翁寿碑)」が静かに立っています。
若き志を胸に、三谷から遠州へ
鈴木種蔵(すずき たねぞう)翁は、嘉永6年(1853年)5月、ここ三谷の松葉の地に生まれました。そして、明治3年(1870年)、17歳という若さで「酒造りの奥義を極めん」と志を立てた翁は、故郷を離れ、遠州浜名郡(現在の静岡県浜松市周辺)の飯田村にある加藤氏の酒造場へと足を踏み入れます。そこで8年にわたり蔵人として、昼夜を問わず勤勉に修行を積み、酒造りの基礎を身体に叩き込みました。
優等賞の栄誉と、門下生に慕われた徳
修行を終えた翁は、同じく浜名郡天神町にあった山下氏の酒造所に専任杜氏として招かれました。翁が醸す酒は、各地の品評会でたびたび優等賞に輝き、その卓越した技術は多くの人々の知るところとなります。碑文には、翁の人柄を「温厚忠懃(温厚で誠実)」と讃えており、その高い技術と徳を称え、山下氏らが発起人となり、存命中にその功績を称える「寿碑」を建立したのです。1
杜氏の碑が語る「酒と聖賢」の精神
碑文の後半には、酒という存在への深い敬意が刻まれています。
黒白酒自神代伝 杜氏術昔自朝鮮 大曲大礼酒為先 人生行楽託酒筵 自古樽前論聖賢 杜氏品行在恭虔
現代語訳:黒白の酒は神代より伝わり、酒宴は人生の行楽である。古来、人々は樽の前で聖賢の教えを語り合ってきた。ゆえに、酒を造る杜氏の品行は、慎み深く敬虔でなければならない。
この一節は、単なる職人の記録を超え、三谷が生んだ一人の杜氏が、いかに神聖な心持ちで桶に向かい、一滴の酒に命を吹き込んでいたかを今に伝えています。
現在は静かな境内に佇む石碑ですが、そこに刻まれた翁の歩みは、三河と遠州を結ぶ醸造文化の交流と、一筋の道を究めた男の誇りを、現代の私たちに語りかけています。




杜氏の碑の地図・行き方
伊藤天章.『蒲郡風土記』.蒲郡新聞社.昭和51年.
蒲郡市博物館編.令和2年.『蒲郡歴史マップ100』.
宝飯地方史資料 4 – 国立国会図書館デジタルコレクション