五井登山口道しるべ:昭和の夢を今に伝える道標の記憶
2026年4月27日
蒲郡市の歴史を見守り続ける五井山。その麓には、昭和11年(1936年)に建立された一本の石柱が佇んでいます。そこには「右 国坂経由豊川道」「左 五井登山道」と刻まれており、かつてこの地で動き出そうとしていた壮大な観光構想の名残を、静かに現代へと伝えています。
激動の昭和11年と三河湾観光構想
昭和11年といえば、二・二六事件の発生や日独防共協定の調印など、日本が激動の渦中にあった時代です。一方で、地元では蒲郡市や三谷町が都市計画法の適用を受け、近代的な街づくりが始まっていました。当時の愛知県は、風光明媚な三河湾とそれを取り囲む連山を活かし、一大観光拠点を整備しようとする意欲的な構想を描いていたのです。
五井山に描かれた幻の「蒲郡城」とロープウェイ
当時の構想は驚くほど華やかなものでした。昭和7年には五井山中腹に「世界最初」と謳われた落葉スキー場が開設。さらに昭和9年の蒲郡ホテル開業を機に、山頂に三階建ての「蒲郡城(天守閣)」を築き、麓からロープウェイを通すという壮大な計画まで持ち上がりました。三谷町の乃木山から形原町に至るハイキングコースの整備も進められましたが、戦争の長期化により、その多くは幻の計画として潰えることとなりました。
「妙善院ルート」を導く不変の道しるべ
こうした華やかな観光開発の流れの中で、この五井登山口道しるべも設置されたと考えられます。かつての壮大な計画の多くは中止となりましたが、石柱が指し示す道は現在「妙善院ルート」として親しまれ、今も多くのハイカーたちの足元を照らしています。時代が移り変わっても、山を愛する人々を導くその姿には、変わることのない歴史の重みが宿っています。




五井登山口道しるべ 地図・行き方
参考文献
蒲郡市博物館編.令和2年.『蒲郡歴史マップ100』.蒲郡市.
『がまごおり 山ものがたり〜信仰と観光と〜』蒲郡市博物館 企画展パンフレット.
蒲郡市誌 本編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.