赤石神社:坂上田村麻呂ゆかりの古社

鰻退治の伝説と神社の始まり

愛知県豊川市長沢町の西側、静かな山中に鎮座する赤石(あかいわ)神社。その起源は平安時代の延暦年間(782年〜806年)まで遡ります。

征夷大将軍・坂上田村麻呂が東国征伐の帰路にこの地を訪れた際、里人を苦しめていた沼の巨大な鰻を退治しました。その祟りを恐れる人々に対し、田村麻呂が「建御名方命(たけみなかたのみこと)」を祀るよう助言したことが創建のきっかけと伝えられています。1

諏訪大社との深い繋がり

祭神として長野県の諏訪大社から建御名方命を勧請したため、かつては「諏訪大明神」と呼ばれていました。鎌倉時代の永仁年間には、この地を治めた馬場太郎致由が登屋ヶ根城を築城。城の守護神として現在の地へ社殿を遷座し、厚く崇敬されました。

戦火を乗り越え「赤石神社」へ

永禄4年(1561年)、今川義元の尾張攻めに伴う戦火で一度は焼失したものの、4年後には再建を果たします。そして、文政2年(1819年)には、白川家資延王の命名により現在の「赤石神社」へと改称されました。

現在、境内には文政3年に移築された稲荷社をはじめ、6社の末社が祀られています。2旧東海道や鎌倉街道沿いに位置し、対岸の城跡を望む境内には、1000年を超える悠久の時が流れています。

赤石神社の動画

御祭神 建御名方命
例祭日 10月第一日曜日

赤石神社の地図・行き方

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参考文献
「赤石神社」音羽町誌 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
愛知県神社名鑑 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
豊川市教育委員会編.令和2年.『新版 豊川市の歴史散歩』.豊川市.

  1. 長沢町西千束置宮の地名の由来とも言われています。
  2. 稲荷社は、もとは長沢町山﨑の巨勢陣屋近くに鎮座していと言われます。

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