誓祐寺 – 浜辺に松並木が美しい場所でした

誓祐寺は、蒲郡市三谷町二舗、松葉区に位置する、葉海山を山号とする浄土宗西山深草派の寺院です。天正15年(1587年)に誓祐大徳が開山したと伝えられています。

伊能忠敬と誓祐寺

誓祐寺の南には、伊能忠敬の蒲郡宿泊地跡があります。ここは、三谷村の名主であった本多定右衛門の屋敷跡です。

忠敬は享和3年(1803年)4月14日、第4次測量でこの地に宿泊しました。翌日、測量を行い西浦村へ向かいますが、その西浦での宿泊先、入戸野貞伯の娘が、本多定右衛門の妻でした1。忠敬の旅は、地元の有力者同士のつながりによって支えられていたことがうかがえます。

地名に刻まれた歴史

三谷の地は、かつて「東新屋」「松葉」など6つの区画に分かれていました。明治9年の区画整理によって、現在の「一舗」から「十舗」までの10区画が生まれ、古い地名は姿を消しました。中でも、誓祐寺のある松葉区は、特に古い歴史を持つ由緒ある地域と伝えられています。

寺号と松

『浄土宗西山深草派寺院名鑑』に掲載された1983年発行の写真には、誓祐寺にそびえ立つ松の大木が写されています。また、『今昔之三谷』にも「老松が高く聳えて古き昔を物語る」と記されており、往時から寺院と松が深い関わりを持っていたことがわかります。

山号の「葉海山」は、松の葉が生い茂り、海にまで葉が浮かんでいた古の風景を物語る、由緒ある名前なのです。

鈴木種蔵翁寿碑

境内には、鈴木種蔵(すずき たねぞう)翁寿碑があります。種蔵は、ここ三谷の松葉に嘉永6年(1853年)5月に生まれました。

明治3年(1870年)に遠州(現在の静岡県西部)の浜名郡飯田村にある加藤氏の酒造場で杜氏の研究に励んだ後、同じく浜名郡の天神町にある山下氏の酒造所で専任杜氏として活躍しました。

翁は、品評会で優等賞を受賞するなど、酒造りに大きく貢献しました。そしてその功績を称え、ここに寿碑が建立されました。

  • 寺号 葉海山誓祐寺
  • 本尊 阿弥陀如来
  • 宗派 浄土宗西山深草派
  • 創建 天正15年(1577年)誓祐大徳師
  • 霊場 三河国準四国八十八か所 52番

誓祐寺の画像

地図・行き方

  1. 伊能忠敬の蒲郡測量とその周辺 – 国立国会図書館

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