小島喜八翁之碑 – 形原ロープ産業の父が灯した地場産業の光
形原町東欠ノ上に位置する中部繊維ロープ工業協同組合。その敷地内に、静かに、しかし威厳を持って建つ碑があります。「小島喜八翁之碑」そこには、一人の漁師の息子が抱いた情熱が、現代まで続く形原の巨大な地場産業へと発展していった物語が刻まれています。
発明が変えた漁村の風景 – 「後去歯車式撚糸機」の誕生
天保14年(1843年)、形原の漁師の長男として生まれた小島喜八は、海と共に生きる中で、より強靭な漁網の必要性を痛感していました。その想いは明治7年(1874年)、革新的な麻糸手撚機「後去歯車式撚糸機(あとざりはぐるましきねんしき)」の発明として結実します。
この機械の登場により、それまでとは比較にならない高品質で強度の高い糸の製造が可能となりました。丈夫な漁網は漁師たちの信頼を勝ち取り、形原の地を「網の町」へと変貌させる第一歩となったのです。その後、明治32年に市川善兵衛が開発した、より簡便な「横踏式紡機」の普及も相まって、ロープ製造は農家の副業から地域を支える家内工業へと深く根付いていきました。
「麻網元祖」の称号に込められた感謝と誇り
昭和29年(1954年)、当時の中部麻網工業共同組合によって建立された記念碑には、翁を讃える「麻網 元祖」という力強い文字が刻まれています。碑文にある「翁の功績を永久に記念して」という言葉は、先人の知恵を尊ぶ地域の想いそのものです。
現在、形原には16社ものロープ関連企業が軒を連ね、日本繊維ロープ工業組合の本部もこの地に置かれるなど、名実ともに日本を代表する「ロープの聖地」となっています。近代的な工場が並ぶその一角で、小島喜八の碑は今も、自らが興した産業が世界へと繋がっていく様子を静かに見守り続けています。
小島喜八翁之碑の画像






地図・行き方
形原駅からすぐです。
参考文献
がまごおりじなる授業〜稲葉製綱さんから学ぶ形原のロープ産業〜
HANT<ハント>公式ホームページ│ 蒲印のアンカーロープ