海蔵古墳 – 石室に宿る稲荷の霊気
2025年10月6日
形原町海蔵の丘陵地に、三河湾を見下ろすようにして佇む海蔵古墳(かいぞうこふん)。7世紀に築かれたとされるこの円墳は、長い歳月を経て古墳としての姿を留めながら、現在は地域の人々に親しまれる信仰の場へとその役割を変えています。
古墳と神社——横穴式石室の変遷
この古墳の最大の特徴は、横穴式石室そのものが稲荷社として祀られている点にあります。かつて8メートルほどあったとされる石室は、奥から3.4メートルを残して改変されており、入口から奥へと続く約4メートルの空間は、神様へと続く「参道」として機能しています。
石室の開口部には神社の戸がしつらえられ、天井には長さ2.3メートル、幅1.1メートルほどの巨大な天井石が三つ、往時の威容を今に伝えています。一部はコンクリートで補強されながらも、真南を向いた石室の構造は、ここがかつて有力な権力者の安眠の地であったことを静かに物語っています。
万葉の時代から続く「加多乃波良」の営み
海蔵古墳が位置するこの地は、古くは「加多乃波良(かたのはら)」として古文書にも名を残す歴史ある地域です。万葉の時代には付近を東海道が通り、それ以前から豊かな集落が形成され、人々の営みが絶えることはありませんでした。
眼下に広がる西浦海岸の美しい景色は、古墳が造られた1300年前から変わらぬ魅力を放っていたことでしょう。古の街道を行き交う旅人を見守り、現代では地域の守り神として大切にされている海蔵古墳。そこには、形原の地に積み重なった重層的な歴史が凝縮されています。
海蔵古墳・稲荷社の画像







