名鉄知多タクシーが「累進歩合制度導入で改善指導」という報道がありました。

このことについて少し考えてみました。

累進歩合制度導入で改善指導 名鉄知多タクシー 毎日新聞の記事

累進歩合制度導入で改善指導 名鉄知多タクシー

このニュースでは(それにTwitterでも)「達成手当」という累進歩合制が問題視されています。

しかし、この「累進歩合制」の件については改善指導がされたということです。

問題の本質は、記事後半の

  1. ドライバーに休憩時間を適切に取らせていない
  2. タクシーの点検作業を就業前にさせている
  3. 愛知県で定められている最低賃金額を下回る額を基準に割増賃金を算出

「などを挙げ、改善や未払い賃金の支払いを求める是正勧告を行った」という、こちらのほうが重大です。

名鉄知多タクシー改善指導毎日新聞記事

是正勧告と改善指導

労基署の調査の終了時には、企業に改善するべきこと、改善してほしいことを記載した書面が交付されます。書面は大きく2種類あります。

  • 是正勧告書…労働法令に違反している状態にある時に交付されます
  • 指導票・・・労働法令に明らかに違反しているとはいえないものの、法令の観点から今の状態から改善が望ましいという時に交付されます。

是正勧告書と指導票の違いはなんですか – よくあるご質問 – 社会保険労務士法人ガルベラ・パートナーズ

改善指導だから良い、ということではなくて、是正勧告書で指摘されるものは「明らかに違反」している事案です。

累進歩合制について

では、問題をひとつひとつ分けて考えてみます。

多くの人が問題視している累進歩合制については、厚生労働省から「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準について」(平成元年三月一日)、いわゆる93号通達において

「歩合給制度のうち累進歩合制度は廃止するものとすること」として通達が発出されています。1

ただし、これは「本来、各社の賃金制度は、最賃法や公序良俗に反しない限り、労使で協議の上、自主的に決定されるべきもの」2 ということから「法律上これを禁止する特段の規定はなく、法に違反するということもありません」3ということです。

ですから、法に違反してないが「廃止するものとすること」なので、改善指導が出された、ということです。

ドライバーの休憩時間

タクシー運転手の休憩時間は、メーターで「休憩」ボタンを押し業務日報に記録されます。

しかし、

  1. 押し忘れ
  2. 駅や待機場所での手持ち時間を休憩時間に充てる
  3. 手持ち時間=休憩時間になっているので、実際にはないに等しい

そういったことが実際起きています。

1ならば良いのですが、休憩時間を確保できていない2、3は問題です。

労働基準監督署の臨検で出やすいのがこの休憩時間不足です。業務日報を検査すれば、必ず出ます。というか、そこまで管理できてない、いえ、できない実状もあるのでしょう。

しかしそうは言っても、管理者は運転手の労働時間をきちんと管理しなければなりません。必ず見つけますから。

ここまでは、よくあることです。

始業点検を就業前にさせる

この問題は、よくあったことです。(ボクの勤務先もありました)

昔から、タクシー運転手の労働時間(拘束時間)=ハンドリング時間という事業者が多かったようです。

タクシー運転手の出庫までは以下の通りです。

  1. 出社
  2. アルコールチェック
  3. 始業前点呼
  4. タクシーの鍵の受け取り
  5. 始業前点検
  6. 出庫 営業開始

おおよそ、このような手順で1日が始まると思います。

となると、労働時間(拘束時間)は2の時点から開始されなければなりません。そして、始業前点検はその後になるはずです。だって業務ですから。

5を始業時間とすると、毎日20分程度がサービス残業になります。

ただ、拘束時間の上限があるため、運転手自らサービス残業を望むこともあるのも事実です。4

終業についても同じで

  1. 帰庫
  2. 洗車
  3. 納金作業
  4. アルコールチェック
  5. 終業点呼
  6. 帰宅

となるはずです。ところが、就業時間も同じで日報の時間で計算すると、1〜5までの作業時間、およそ1時間がサービス残業になってしまいます。

これも同じで、運転手が拘束時間延伸のため、日報のハンドリング時間を終業時間にしていた/している事業者があります。

最低賃金額を下回る額を基準に割増賃金を算出

推測なんですが、昔のままの最賃金額による計算だったのかもしれません。

それに、サービス残業分は割増賃金の元の値が過小に算出されているのですから、当然金額が下回ります。

さらに、これも推測なんですが、始業と終業の時間は(違法性が)分かりやすいのですが、中の労働時間の部分が非常に曖昧だった、のかもしれません。

例えば、通常は1日8時間、週40時間が法定労働時間です。これを超える部分が残業時間になります。

タクシー運転手は変則労働時間制で就労しています(していることが多いようです)。その場合、月間労働時間だと173時間程度、年間だと2,070時間程度が法定内労働時間です。これを超える部分が残業時間となって割増賃金の対象になります。

しかし、勤務シフトで毎日2時間、月間30時間というような残業をはじめから組み込んでいる事業者もあります。

そうすると、歩合給で最賃割れ(営業収入×歩率 < 労働時間×最低賃金)の場合、この残業30時間分を入れずに、単純に法定時間に最低賃金(173時間×最低賃金)だけを支払っているケースもあるのではないのでしょうか?

もちろん、その30時間に対しては割増賃金を支払わなければなりません。そして深夜労働があれば深夜割増も支払わなければなりません。

タクシー運転手の賃金

このことについては、下のリンク「賃金についてシリーズ」に詳しく書いている(つもり)です。

書けば長くなる。というのも、タクシー運転手の賃金制度は「知恵の結晶」と言われるほど、複雑化しています。

同一地区同一運賃であるのに、各社、いえ、同じ会社でも勤務や雇用形態によって違うことがよくあります。知恵の結晶、というよりも、複雑怪奇なものになっています。

結局は、出来高制での賃金で、足切りというノルマという基準を設けました。そして、自発的に稼いでくるような制度にしていったのです。

だから、長時間労働になるし、それを運転手自信が求めるようになる。結果、299時間や322時間という長時間労働、インターバル8時間という睡眠不足を、労使どちらも許容するようになりました。

性悪説によるルール決め

忙しい時間に休憩をする人もいます。「事業所外の労働で、かつ、営業活動まで運転者にゆだねている」ことから起因する損失です。性悪説に基づいた歩合給というよりも罰則給になってしまったのが現在のタクシー業界の賃金なのです。

タクシー運転手の賃金について – 道中の点検

そして「事業所外の労働で、かつ、営業活動まで運転者にゆだねて」 いて「いかに自発的な労働を彼らから引き出すか」5ということから賃金をはじめとする多くのルールが作られてきたからです。

それは今日のタクシー業界にあっては弊害にもなっています。だから、ボクは歩合給を廃止して固定給に、そう考えているのです。乗車拒否も障がい者割引も、車椅子の問題も、長時間労働、事故、健康、タクシー業界が抱えている多くの問題は、この歩合給制賃金に起因しています。

誰のための知恵の結晶なのか

今回の名鉄知多タクシーの件は、累進性が悪い、というよりも、違法な賃金設計のほうが問題です。

今回の件だけではなく、タクシーの賃金制度は複雑すぎます。複雑だから違法だと気づきにくい。これも知恵の結晶だとしたら悪質です。

きっと同じような設計上の瑕疵や違反を抱えながら運営している会社も多い、のかもしれません。

そうしながら結局、歩率に収斂されてしまって、さらに隠れてしまっている。あるいは、見えなくなってしまっている。のかもしれません。

そもそも、誰のための「知恵の結晶」なのかということです。それは労使ためということを謳った会社のためだったのでしょうか。

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  1. 自動車運転者の労働時間等の改善のための基準について
  2. タクシー事業のための 労務管理一問一答 p.110 (一般社団法人 東京ハイヤー・タクシー協会 労務委員会  編集)
  3. タクシー事業のための 労務管理一問一答
  4. 稼ぐために長時間労働(残業)を自主的に行いたい、という運転手心理がある。または「売り上げ基準を達成するために休憩を削って働いている」ということが起きる
  5. 「総合研究 日本のタクシー産業」慶應義塾大学出版会 p133

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